消えた鉄路の記憶、三木鉄道――地域に愛された「レールバス」の再出発

かつて兵庫県三木市と加古川市を結んでいた「三木鉄道」をご存知でしょうか。

大正時代に播州鉄道として産声を上げ、国鉄三木線を経て、昭和60年(1985年)に第三セクターとして再出発したこの路線。今回は、誕生1周年を迎えた当時の資料を紐解きながら、その歩みと当時の期待にスポットを当ててみたいと思います。

国鉄から「三木鉄道」へ。バトンタッチの背景

三木鉄道の歴史は古く、大正5年にまで遡ります。昭和18年に国鉄に買収され、金物輸送の動脈として三木市の発展を支えてきました。

しかし、昭和48年以降の経営悪化に伴い、貨物輸送や手小荷物取扱が廃止に。一時は路線の存続が危ぶまれましたが、地域の強い要望により、第3セクター方式による「地方鉄道」として存続することが決定しました。

  • 1985年(昭和60年)4月1日:国鉄からバトンを引き継ぎ、三木鉄道が開業。
  • 路線の特徴:厄神〜三木間の6.6kmを結ぶ、地域密着の路線。

期待の新星「レールバス」ミキ180形

開業にあたって導入されたのが、バスのような構造を持つ軽快気動車「レールバス(LEカー)」でした。

  • 定員:1両あたり88名(座席36名、立席52名)。
  • 運行本数:厄神〜三木間を1日19往復。
  • 運賃:最短130円〜最長210円。

白地にブルーのラインが入った軽やかな車両は、ベッドタウンとして発展を続ける三木市の新しいシンボルとなりました。

誕生1周年の苦悩と、未来へのビジョン

資料によると、開業1年目の旅客収入は目標の約8割にとどまり、厳しい経営状況だったことが記されています。モータリゼーション(車社会化)の波は、想像以上に高かったのです。

それでも、当時の経営陣は前を向いていました。開業1周年を機に、次のような施策を打ち出しています。

  • 新駅の設置:利便性を高めるため、昭和61年4月に4つの新駅をオープン。
  • 駅の活性化:三木駅構内へのバスターミナル設置や、売店・自販機の増設。
  • 多角経営:将来的なショッピングセンターやホテル誘致など、鉄道に頼らない収益の柱を模索。

「将来は沿線の地域開発、都市造成等の可能性を内蔵したゾーンに属している」 ――当時の報告書に記されたこの言葉からは、鉄道を核とした街づくりへの強い希望が感じられます。

おわりに

残念ながら三木鉄道は2008年に廃線となりましたが、その歩みは決して無駄なものではありませんでした。

地域の足を自分たちの手で守ろうとした人々の情熱、そして三木の街を走り抜けた「ミキ180形」の姿は、今も多くの人の記憶の中に生き続けています。

かつてレールバスが走った風景を思い浮かべながら、三木の街を散策してみてはいかがでしょうか。


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